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2016/8/10

三ツ星料理人の志に触れる。『まき村』店主・牧村彰夫氏が追及する「真っ当さ」とは?

2016年ミシュランガイドで三ツ星を獲得した東京都内13店の中で、『まき村』はひときわ異彩を放っています。その理由は第一に、『まき村』だけが郊外にあるということ。それも、高級住宅街ではない、京浜急行大森海岸駅が最寄り。店は何でもない街の一角に位置します。

第二に、少人数で切り盛りをしていること。独立した当初から夫婦二人三脚で歩み、最近までは夫人と二人で切り盛りをしていたのだとか。「和の料理人として、自分の店を持ちたい」と独立したのが27歳、その後「とことん納得できる味の料理を出して、お客を喜ばせたい」と考え、小さな店を営んできた結果、いつしか「予約のとりづらい人気店」となり、ついには2015年・2016年連続でミシュラン三ツ星を獲得。いわば「非凡なる平凡さ」を持つ牧村氏の、料理哲学とはどんなものでしょうか。

上昇志向がなかった駆け出しの頃

現在名を馳せる多くの名シェフたちが若い頃から高い目標を掲げ、努力を重ねてきたのと対照的に、牧村氏は若い頃は上昇志向は特になかったそうです。料理人になったのも、「TVドラマの料理人がなんとなくかっこよかったから」というのが理由だそう。

あるインタビューでは、「正直なところ、自分でも料理をここまで真剣にやるとは、思っていませんでした(笑)」とコメント。「あまりやる気がなかった」とも述べています。しかし、おそらくその頃から料理の腕は確かで、大森界隈では旨い店としてそれなりの評判を呼んでいたはず。自分の店を持つ前は赤坂の料亭『長谷川』に入店し、厳しい世界で8年間も修業を続けています。牧村氏は「店を出した当時は何も料理ができなかった」と謙遜していますが、8年修業に耐えたことで、他では学べない基礎を身につけていたことも推察できます。

そんな牧村氏を目覚めさせた料理とは

平成元年(1989年)、大森に最初の『まき村』を開店。当時はバブル景気であまり努力をしなくても店が繁盛したそうです。しかしそんな頃、伊勢丹に新出店した『正月屋吉兆』へ食事に行き、あまりの美味しさに打ちのめされるという体験をしました。即座に料理人を辞めようと思ったほどだといいます。しかし、なぜか辞めることはなく、いつの間にかこの日の味を目標に努力する日々が始まったのだそうです。

ついに開眼した牧村氏は、自分の目指す味を見つけ、そこに向かって努力の日々が始まります。ただし、『まき村』の料理はあくまでも「真っ当」を貫き、派手さはありません。素材一つ一つはどこの日本料理店でも出てくるものと同等、変わったメニューもありません。最も違うのは「味」そのもの。出汁の味わい、素材同士のハーモニー、塩加減などが三ツ星級なのです。「白いご飯ってこんなに美味しいのか」「茶碗蒸しってこんなに美味しいのか」とうならせるのが『まき村』流。真っ当な日本料理を提供し、その真っ当さでお客様を驚かせたい。そんな牧村氏の心意気が料理から伝わってきます。

『まき村』のもうひとつの大きな魅力は、空間の温かさです。それは夫婦仲良く二人三脚で努力を重ねてきた、二人の温かさに他なりません。これは他の高級店にはない魅力といえるでしょう。シンプルに美味しい料理と本当にリラックスできるおもてなしで、『まき村』が稀有な時間を提供してくれていることは間違いなさそうです。

理想は「一日一組」の料理店

『まき村』は開業以来何回か移転していますが、その度に席数を減らしています。最初は28席でスタートし、その店を改装したときに18席、さらに現在の、茶室をほうふつとさせるシンプルな造りの店舗に移転して14席としました。静かな住宅街の非常にわかりにくい場所にあり、文字通りの隠れ家です。牧村氏はゆくゆくは「一日一組」の店にしたいとのこと。「自分が納得できる、本当に美味しい料理でお客様をもてなしたい」という信念だけを貫くとそういう究極的な目標になるということでしょうか。ミシュラン三ツ星に選ばれても、地位や名声やお金儲けとはかけ離れたところに価値を置いているというのがよくわかります。

さて、今回はミシュラン三ツ星店のなかでもオンリーワンな存在感を放つ『まき村』の牧村章夫氏をご紹介しました。頂点に昇りつめるまでの道筋は人それぞれ。頂点を極め、その先はどこへ向かうのかも人それぞれ。牧村氏の料理人人生は、他人の真似ではなく自分の信念を貫くことが大事、ということを教えてくれます。

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