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2015/4/24

『シェ・イノ』井上旭シェフの軌跡。日本のフランス料理界を支えてきた崇高なるひと皿。

Photo by Walter Lim「Crystal Jade Golden Palace」※画像はイメージ

日本において、本格的なフランス料理が広がり始めたのは1960年代。当時の日本はといえば、東京オリンピックの開催、そして高度経済成長により、文化的にも経済的にも世界と肩を並べようとしていた頃。グルメ界もそうした影響を受けており、日本のフランス料理を世界レベルに引き上げようと、数々の料理人が海を渡り修行を開始しました。

今回ご紹介するのは、このフランス料理黎明期に海を渡り、本場の味を見事持ち込むことに成功した井上旭シェフ。京橋の老舗フレンチ店『シェ・イノ』のオーナーシェフであり、長年に渡り日本のフランス料理界を牽引してきた人物です。ここでは井上シェフの軌跡に触れながら、日本のフランス料理界を変えた究極のひと皿についてご紹介します。

厳しいフランス修行に耐え、一気にスターダムへ

井上シェフがフランスに渡ったのは1967年、21歳のとき。ちょうどフランスの名店『マキシム・ド・パリ』が日本に上陸した頃で、いよいよ本格的なフランス料理が東京で食べられるようになる…そんな時でした。

修行先は『マキシム・ド・パリ』『トロワグロ』といった星つきレストラン。当時、『マキシム・ド・パリ』は財界人の社交場として、そして『トロワグロ』は天才と称されたジャン・トロワグロが腕をふるう店として人気を博していました。特にジャン・トロワグロはソース使いの名手と言われ、彼に師事を仰いだことが、井上シェフの料理スタイルに大きな影響を与えています。

1972年、7年間の修行を終えて帰国した井上シェフ。帰国当初は福岡のレストランで腕をふるっていたそうですが、その評判は日本中にとどろき、31歳の若さで銀座『レカン』の料理長に就任。瞬く間に一流シェフの仲間入りを果たします。

一見すると順風満帆な料理人人生。しかしその名声とは裏腹に、井上シェフは自身の料理に大きな不満を抱くようになっていきます。

技術だけでは再現できない本場の味。苦悩がつのる日々…。

不満の原因、それは食材でした。当時の日本は、食材の流通経路が確立されていたわけではなく、満足する食材が仕入れられない場合は、冷凍ものを使用することもあったのだとか。そうした新鮮さに欠ける食材を使用しても、本場の味には到底敵わない。実現したい味を形にできないまま、『レカン』での日々は過ぎていきます。

一流グランメゾンで腕をふるいながらも、目指すべき味が実現できずに思い悩む井上シェフ。そしてついに「このままではダメだ」という考えに至ります。しかし、満足する食材を仕入れるのは難しい。今、手に入る食材のなかで本場の味を再現しなくてはいけません。そうした状況のなかで、題材として選んだのが子羊。クセが強く、当時の日本人には敬遠されていた食材でした。

子羊を選んだ理由は2つ。ひとつは日本で手に入る食材としては、比較的クオリティーが高かったこと。そしてもうひとつは、フランスでのある経験が、子羊に対しての絶対的な自信を井上シェフに与えていたからでした。

世界的オペラ歌手を唸らせた思い出のメニュー

『マキシム・ド・パリ』で修行をしていたときの話です。各界の著名人が足繁く通っていたこの店には、世界的なオペラ歌手であるマリア・カラスもよく訪れていました。当時の『マキシム・ド・パリ』の人気メニューといえば「牛肉のパイ包み」。しかしマリア・カラスは、牛肉を子羊に変更するよう厨房にリクエストします。いつものレシピとは違う面倒なリクエスト…。この素材変えを担当したのが井上シェフでした。結果、マリア・カラスからの評価は上々。来店する際は必ずこのメニューを注文するようなったそうです。

「子羊であれば、本場フランスに負けないひと皿が作れるはず」。井上シェフは魂を込めてメニュー開発に取り組みます。そして完成したのが、「マリア・カラス」と名付けられたこのひと皿でした…。

主役となる子羊は、旨みを閉じ込めるためにパイで包んで蒸し焼きに。その完璧な火入れは、グラデーションを描く肉の焼き色を見ても明らか。弾力を残しつつも、全体的にはまろやかな食感、そしてにじみ出る旨みは高級食材ならではの深い味わいをもたらします。

さらに子羊の中央に配されたフォアグラとトリュフが、子羊のクセをも上回る芳醇な香りと濃厚な旨みを加えます。そして止めはジャン・トロワグロ直伝の「ソース・ペリグー」。子羊、フォアグラ、トリュフという個性的な食材をまとめあげる香味豊かな味わいは、“ソースこそ命”とされるフランス料理の醍醐味を見事に表現。「これぞフランス料理だ」と言わんばかりの、堂々たるスペシャリテが完成しました。

まともな食材が入手できない時代に完成させた至高の一皿。この「マリア・カラス」は、井上シェフのみならず、日本のフランス料理界を高みに押し上げた伝説的なメニューとして、現在でも輝きを放ち続けています。

日本のフランス料理界を支える崇高なる想いとは

Photo by star5112 「JOH_8879」※画像はイメージ

井上シェフは、1985年に掲載された『月刊専門料理』のインタビューでこのようなコメントを残しています。

「私のポリシーとは何か。そのひとつは『フランス料理の見識をくずさない』ということだ。たとえば、あのロビュションが料理にショウユを使っている。なるほど、きっとショウユを使えば旨いだろう。しかし、それはフランス人がフランスでやるならよいのだ。日本人である自分が、日本でフランス料理を作るとき、たとえ人がショウユを使っても、自分だけは絶対に使わない。これが私の見識だ」


近年、ソースを多用せずに素材の持ち味を活かしたフランス料理に人気が集まるなか、30年前に残した言葉通り、あくまでも王道を貫き続ける井上シェフ。この崇高なる想いは、日本のフランス料理界を支える大きな柱として、すべての料理人たちを支えています。


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